“看護学生の頃、夏休みの宿題で「オムツに排泄をしてみて感想を書きなさい」という課題が出た。1人1枚ずつオムツを配られた。夜中、尿意を極限まで我慢し、誰もいない部屋でオムツへの排泄を試みた。でも、全く出ない。頑張って出そうとするけど、脳が勝手にストップをかけてくる。とてつもない羞恥心も 感じた。私たち看護師は「トイレに行きたい」と言う患者さんに、「今は立てないから、オムツにしてください」と平気で言ってしまっているけど、これがどれくらい恥ずかしくて自尊心を奪うものなのかを身をもって経験した。今でも「オムツに排泄してください」とは極力言わないようにしている。医師に 安静度を確認して、トイレへの移動許可を得たり、リハビリをしてトイレにお連れしたり。オムツへの排泄は看護師としては処理も楽。だけど、「こんなところにするなんて恥ずかしい」という患者さんの気持ちには寄り添いたい。”そうそう、脳(動物ではなく人間の部分)が拒否するんですよね。小でもこれだけ恥ずかしいなら大ならなおさらってことですよね。赤ちゃんは人目も羞恥心も「おそらく」感じていないだろうけれど物心つくとそれはもう苦しいくらい恥ずかしいと想像します。私は12歳の時に入院した際にはベッドの上に「おまる」を置いてやってました。6人部屋だったので同部屋の人たちに申し訳なくて、つらくて、とても恥ずかしかったことを覚えています。
